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論文

社会的公正を志向する教育実践の試みとICT活用
―外国につながる生徒の教育・支援を通して―

川田 麻記 写真
桜美林大学リベラルアーツ学群 准教授
川田 麻記
2008年にUniversity of Wisconsin-Madisonにて日本語学Ph.D.取得。専門は日本語学・日本語教育学。2001年より日米の大学で日本語教育に従事。近年は,国内の文化的言語的に多様な背景をもつ子どもを対象とした言語教育,Service-Learningを通した言語教師教育の実践・研究に携わり,公教育(小学校や高校)や地域の現場と大学による連携事業コーディネーターを担う。
角田 仁 写真
東京都立町田高等学校(定時制課程) 教員
角田 仁
東京都立高校の教員として,おもに定時制高校に勤務してきた。外国につながる高校生が増加してくるなかで,多言語高校進学ガイダンスや多文化共生教育研究会などの立ち上げに関わってきた。現在は都立町田高等学校(定時制課程)において,高大連携による日本語指導体制の推進に取り組んでいる。また多文化共生教育ネットワーク東京に所属し,外国につながる子ども,若者に関わる教育や支援のあり方についての交流・研究活動もすすめている。
額賀 美紗子 写真
編集委員
東京大学大学院教育学研究科 教授
額賀 美紗子
東京大学教養学部卒,カリフォルニア大学社会学部博士課程修了(社会学博士)。幼少期に海外に滞在した経験から,国際移動する家族が直面する問題に関心をもつ。移民の子どもの教育機会やアイデンティティ葛藤,移民の親の子育て,多民族化する学校や地域社会の課題を国際比較の視点から研究している。日米の学校や移民コミュニティでフィールドワークを行い,多様性を包摂する教育のありかたについて検討してきた。主な著書に『越境する日本人家族と教育―「グローバル型能力」育成の葛藤』,『移民から教育を考える―子どもたちをとりまくグローバル時代の課題』など。

近年,技術の進展が目覚ましいICT(情報通信技術)の活用は,学校現場で周縁化されがちな言語的マイノリティの生徒の教育にいかに貢献しうるのか。本稿では,外国につながる高校生に対する教育実践を基に,ICT活用が生徒の学びの機会保障や学校内外関係者の連携基盤の構築に寄与することを示す。また,教室活動でも,AI翻訳の戦略的活用が,豊かな言語資源をもつ生徒の柔軟な言語実践を可能にし,発達段階に応じた学習を促すことを示す。

1. マイノリティの子どもとオンライン教育

近年,急速な技術革新を背景に先進諸国ではICT(情報通信技術)を教育に取り入れる動きが加速している。ICTの活用により,生徒は「何を,どのように学ぶか」の選択肢を広げ,自身のニーズに応じた学習が可能になると指摘されている(Gottschal & Weise, 2023)。特に,障害のある子どもや移民・難民の子どもなど,社会的に脆弱な立場に置かれるマイノリティの児童生徒に対し,ICTは低コストで効果的な学習機会を提供する可能性がある。たとえば,オンラインの遠隔教育を通じて,専門知識をもつ教師による指導が地理的な制約を超えて受けられるようになる。ICTが提供する音声・視覚教材や字幕,そして近年目まぐるしい進歩を遂げるAI翻訳などは,言語学習の有用な補助ツールとなりうる。さらに,ICTはマイノリティの子どもたちの社会的ネットワーク形成や自己表現,情報収集の手段ともなり,ウェルビーイングの向上にも寄与することが明らかにされている(Akinlar et al., 2023)。すべての子どもに対する教育機会の保障と社会的包摂を実現しうるツールとして,ICTには大きな期待が寄せられている。

日本の教育現場ではICT環境の整備が他の先進諸国に比べて大幅に遅れていたが,2019年にはGIGAスクール構想が発表され,全国の児童生徒に1人1台の端末と高速・大容量の通信ネットワークを整備することが目標に掲げられた。新型コロナウイルス感染症の拡大を背景に,予算措置が前倒しされ,この数年で学校現場のICT環境は急速に整備が進んだ。2021年の中央教育審議会答申『令和の日本型学校教育の構築を目指して』でも,「個別最適な学び」と「協働的な学び」の実現に向けたICT活用の重要性が強調されている(中教審,2021)。

日本に住む外国人児童生徒の数が急増し,教育機会の保障が喫緊の課題となる中,文部科学省は遠隔授業の導入や多言語翻訳システムの整備を,外国人児童生徒向けの教育施策の重要な柱として位置付けている(文部科学省,2024)。しかし,こうした取り組みは日本ではまだ始まったばかりであり,実践を重ねながら有効な手法を確立し,学習支援やウェルビーイングの向上に資するICTの活用方法を検討していくことが求められている。そこで本稿では,高校における実践事例をもとに,外国につながる生徒1の教育機会の拡充や社会的包摂にICTがどのように貢献しうるのかを考察したい。

2. 町高定における外国につながる生徒の教育・支援とICT活用

本節では,東京都立町田高等学校定時制(以下,町高定)での実践を取り上げる。町高定のある東京都町田市は,2025年3月1日現在,総人口が429,709人,そのうち10,024人(約2.3%)が外国籍住民である(町田市,2025)。10年前に比べると,外国籍住民の総人口に占める割合は2倍以上増加し,日本語指導を必要とする児童生徒の増加も顕著となっている(町田市教育委員会,2024)。

町高定の2024年度の全校生徒数は109名で,外国につながる生徒は各学年に2-3名在籍している。人数としては多くはないが,多忙を極める高校教員にとって,言語面でのサポートを充実させるのは簡単ではない。そのため,2021年度より近隣の桜美林大学と連携し,ICTを活用した協働活動を行ってきた。以下では,コロナ禍の影響が色濃く残る2021-2022年度からポストコロナの2023-2024年度にかけて行われてきた,外国につながる生徒への教育・支援でのICT活用の変遷を基に,その役割と可能性について述べる2

1)コロナ下のICT活用(2021-2022年度)

(1)学びをつなぎとめるためのICT活用

新型コロナウィルスによるパンデミックは,移民背景をもつ生徒にとっての教育機会と居場所を縮小・消失させ,教員と生徒との交流の減少や関係性の弱体化を招いた一方で,困窮する生徒のケアと教育機会の確保のために奔走した教員らの様々な実践があったことが報告されている(額賀・金,2023)。町高定も,こうした状況の中,言語的障壁に苦しむ生徒の教育環境を整えようと,外部からの支援を模索していた。特に,来日前後の学習環境の影響を受け,日本語でのコミュニケーションが難しかったフィリピンにつながる生徒Aについては,当時の様子から早急なケアと学びを止めないための支援対策が求められていた。こうした背景から,2021年6月初旬,町高定と桜美林大学,そして外国につながる若者を支援する任意団体カパティラン関係者の間での連携が始まった。このことは,これらの支援によって高校中退を防ぎたいという高校側の姿勢も反映している3

支援開始当初は,感染症対策のための行動制限が断続的に行われていたため,Zoomを活用したオンライン教室用ホームページを作成し,チームコミュニケーションツールの無料版Slackを併用して活動を行った。参加者は,生徒Aを含む2名の外国につながる生徒と日本語教育学を学ぶ大学生4名,カパティラン関係者で年少者日本語教育に携わってきたB先生で,生徒の居場所づくりとその中で促される日本語会話,学校生活への参加を目的として対話的な交流を重ねた。授業前の補習時間に設けたこの活動に,生徒は高校の一室又は自宅から,支援者も職場や自宅等からZoomにアクセスして参加することが可能だった。そのため,対面での活動が中止や延期を余儀なくされる中,オンラインでのこの交流の場は,行動制限に左右されることなく,安定的に生徒と支援者をつなぎ,2021年度は6月初旬から翌年3月下旬までの10ヶ月間に,1回60分,週平均2〜3回,合計83回,学びの機会を創ることができた。特に,学業の継続が心配された生徒Aについては,参加が困難な一斉授業と異なり,オンラインでの学習は,本人のペースで対話的に進められる「個に応じた学習」(文部科学省,2020)を育む場として機能していた。このように,必要に応じて生み出せるオンラインによる柔軟な学びの場の構築は,困難となっていた生徒たちの人間関係づくりを支え,生徒たちの孤立や学校からの離脱を防ぎ,学びをつなぎとめる役割を果たしていたと言える。

(2)物理的境界や立場を越えた学びのコミュニティをつくるICT活用

2022年度は,それまでのオンラインでの活動を基盤とし,生徒たちの主体的な学びとキャリア支援を意識した対面でのプロジェクト活動を徐々に取り入れていった。言語的マイノリティの生徒は,学びから周縁化されやすく,結果として学力不振や学習意欲の低下を招きやすい傾向がある。身近にロールモデルとなる同じ境遇の先輩に出会う機会も少ないため,卒業後の将来展望を描けない生徒も少なくない。このような生徒への支援について,藤倉(2016)は日本語学習や進路に関する単なる情報提供に留まらない,多様な関係機関・立場の人々の連携に基づくきめ細やかな支援の必要性を指摘し,大学に進学した外国につながる先輩を招いた進路懇談会や高大連携によるイベントへの参加型キャリア支援等,高校生と大学生の交流を通した対話とつながりの有効性を報告している。

本連携でも,2022年度は生徒の進路選択を見据えた長期的なつながりを通して,高校生と大学生が互恵的に学び合える活動を目指した。以下の図1は,2022年度の活動の流れを生徒Aと2021年度から支援に関わる大学生Cの動きを中心に示したものである。

図1 2022年度のオンライン・対面での連携活動の流れ

図1が示すように,オンラインでは,対面での各活動(進学ガイダンスや大学のオープンキャンパス,定時制祭等)をつなぐ準備や振り返りを含む日本語学習を,年間を通して継続し,その中で生徒Aと大学生C,助言者としてのB先生を中心に交流を深めていった。生徒Aは徐々に進路を意識するようになり,同年秋には進学や就職に必要なJLPT(日本語能力検定)の受験を初めて決意した。また同時期に予定されていた定時制祭でも,母国フィリピンの食文化をテーマとする発表に挑戦することを決め,大学生CやB先生らの助けを得て,発表準備やJLPT対策に主体的に取り組んでいった。この高校・大学間をオンラインと対面で物理的・文脈的に横断する取組を通し,大学生Cも生徒AやB先生から少なからず影響を受け,ものの見方や自身の在り方において意識・行動面で変容を遂げていった(川田,2023)。

このように,コロナ下でのオンライン活動は,それまで交わることのなかった高校・大学・地域の人々が,物理的境界や立場を越えて生徒の居場所や学びを育む,新たなコミュニティづくりを下支えしてきた。こうした協働を通して構築されてきた高大関係者・地域の支援者の関係性は,翌2023年度に制度化された「特別の教育課程」の編成に向けた新たな支援体制づくりへと発展していった。

2) 新たな協働的活動を後押しするICT活用(2023年度)

(1)「特別の教育課程」の編成とICT活用

東京都教育委員会(2024)によると,都立高等学校等で「特別の教育課程4」を実施する場合,生徒の「個別の指導計画」の作成や学校内外の調整等を担う日本語指導コーディネーター(以下,コーディネーター)と生徒への直接指導を担う日本語指導担当教員,そしてその支援を行う日本語指導支援員(以下,支援員)が連携して同課程を運営することが想定されている5。しかし,現職教員のみでこの体制を整えるのは容易ではない6。町高定も例外ではなく,外部からの支援員を確保する必要があった。

ところが,当時は感染症の終息に伴い,対面での活動が急速に増えたため,協力が得られる新たな支援員とつながっても,対面で授業時間を確保することが困難となっていた。そこで,町高定ではICTを活用し,部分的にオンライン授業を導入することで時間割編成を行った。町高定の場合,各学年の選択必修科目を日本語に置き換える形で「特別の教育課程」を編成しているため,例えば,生徒Aの場合,日本語に置き換えた週4コマのうち,担当支援員(2021年度より支援を継続するB先生)が対面での指導が困難な曜日・時限はZoomを活用し,遠隔で指導時間を確保して学習環境を整備した。

(2)プロジェクト活動における連携体制の構築とICT活用

2023年度は,夏休み期間もオンライン教室を活用し,進路につながるプロジェクトを複数実施した7。例えば,仕事に関する視野を広げる取組では,介護職等に就いている外国につながる先輩ゲストをオンライン教室に招き,対面教室とつなぐことで,生徒たちが多様な仕事について知り,ロールモデルとなる人々と出会う機会を創出した。また,公共の文化施設へのフィールドトリップや生徒が進学を希望する大学のオープンキャンパス等,校外の対面イベントの事前学習をZoomで実施し,有志の大学生にも参加してもらうことで,先輩と対話できる機会を設けた。校外学習の事前準備では,Googleストリートビューや360度パノラマビュー等のバーチャル体験が可能な機能を活用し,生徒たちが臨場感を味わいながら当日の流れをイメージして会話したり,訪問先のホームページ掲載動画を視聴してディスカッションをしたりする等,ICTを駆使することで対面での活動との連続性を踏まえた学びを設計した。

このようなプロジェクト活動は,緻密な計画が必要となるため,実施には運営に携わる関係者間の連携が重要であった。しかし,外部支援者が関わる学校での連携は一筋縄ではいかないことが多い。この課題に対し,町高定ではチームコミュニケーションツールをSlackからMicrosoft Teams(以下,Teams)に切り替え,Google共有ドライブを併用することで,コーディネーター,副校長,担任,そして外部からの7名の支援員をつなぎ,円滑な情報共有を図った。具体的には,Googleスプレッドシートを活用することで生徒の時間割と各学期の支援計画を共有し,Teamsを通して各生徒の日々の学習の進捗共有を行った。また,必要に応じて,コーディネーターと支援員がZoomで打ち合わせを実施し,各生徒の支援計画の練り直しや使用教材の検討・調整等を行い,個々の生徒の学びを中心とした連携を図った。

米本他(2024,pp. 47-48)は,複数の事例を基に,ICTを活用することにより「時間的空間的制約から解放された組織的取組の展開」が可能になるとし,その過程で「関連する異業種による共同体の形成が見られる」ことを指摘している。町高定での取組もまさにその一例であり,ICT活用が教室の外の多様な人々との出会いや,個々の生徒のニーズに応じたリソースへのアクセスを可能にし,同時に,生徒の学びを組織的にサポートする教員・支援員間の連携体制の構築に貢献したと言える。

3)「トランスランゲージング教育論」に基づく実践におけるICT活用(2024年度)

本節では,2024年度に新たに取り組んだ「トランスランゲージング教育論(以下,TL教育論)」(García et al., 2017)に基づく実践でのICT活用について述べる。TL教育論は,複数言語を使用する言語的マイノリティの生徒が,学校の中で周縁化されることなく公正な指導を受け,評価されることを保障するための教育の理論的枠組みを指す。TLを採用する教室では,生徒は自身のもつすべての言語資源を場に応じて柔軟に活用することで,協働しながら創造的かつ批判的に学び,教師はその深い学びを促しつつ生徒のマルチリンガル・アイデンティティを育み,社会的情動の発達を支援する。

特に,TL教育論で重視されているのが,①TLスタンス(生徒のもつ全ての言語レパートリーを最大限に活用し,同時にその言語実践を生徒の「権利」として捉える教育者の強い信念・哲学),②TLデザイン(生徒のもつ力を最大限に引き出すための戦略的な指導・アセスメントの計画),そして③TLシフト(教室活動への生徒の参加の様子を観察する中で,生徒の学びに応じて教師が下す一瞬一瞬の決断と柔軟な調整)で,この3つの綱[strands]が縒り合わさることで,そのTL実践が実現するとされる(García et al., 2017)。以下では,生徒Aを対象とした「特別の教育課程」での学習活動を例に,TLスタンスとTLデザインの共有及び効果的なTLシフトの実現のために,いかにICTを活用し,生徒のアカデミックな学びを促していったかについて述べる。

(1)TLスタンス・TLデザインの共有を通した互恵的連携強化とICT活用

町高定では,これまでにも生徒の母語・母文化を尊重した活動を積極的に取り入れてきた。しかし,生徒の母語(生徒Aの場合は英語,タガログ語,チャバカノ語)は,日本語学習を進める上で補助的な存在として捉えられ,十分活用できてこなかったのが現状である。TL教育論からの学びを得て,2024年度はこの点への反省を踏まえ,生徒のもつ言語資源の活用方法を捉え直す必要があった。そのため,生徒Aの支援では,担当する支援員3名(2021年度から関わるB先生を含む)の間でZoom会議を重ね,以下の点でTLスタンスを共有していった。

I. TL教育論に基づき,生徒の思考・判断・表現を支える「包括的なことばの力」と「日本語固有の知識・技能」を分けて把握した上で,指導計画を立てる8

II. 高校生の認知発達段階に応じた社会的なテーマに深く切り込む活動に挑戦し,その中で生徒がもつ言語資源を戦略的に活用して「包括的なことばの力」と「日本語固有の知識・技能」の伸長を促す。

III. 生徒がもつすべての言語資源を活用した言語実践は,生徒にとっての「権利」であり,そうすることによって生徒ができる最大限のことを評価できるよう共に学ぶ。

しかし,TLによる言語実践は,各支援員が経験を重ねてきた体系的な日本語学習のための指導方法とは大きく異なる部分があった。そのため,生徒の言語実践によるねらいの設定や活動の進め方では,それぞれに意識の転換や調整が必要で,新たな実践に対する不安や疑問を解消するための丁寧な対話や情報共有が求められた。町高定の実践で,こうしたTLスタンスに関わる対話や情報共有を可能にしたのは,2023年度までに構築したICT環境であった。Zoomでの打ち合わせを重ねながら,TLデザインを「個別の指導計画」に反映させ,その意義と実践内容を,管理職を含む教員らとも共有していった。各生徒の「個別の指導計画」と多言語化した教材はGoogle共有フォルダで共有し,日々の授業計画もGoogleスプレッドシートを通して可視化した。また,生徒の学びは,各曜日の支援員がTeamsに詳細に記録し,成果物についても生徒別チャンネルをポートフォリオとして活用し共有することで,互いに生徒の成長を確認し合った。こうしたICT活用は,生徒の複数言語による学びの「のびしろ」を見ようとする教師陣の新たな視点の獲得と生徒自身の学びへの挑戦を助け,互いに学び合う関係者間の互恵的連携とそれを推し進める教師陣のTLスタンスを強化することにつながったと考えられる。

(2)TLデザイン・TLシフトの実現を支える戦略的なICT活用

前節のI〜IIIを反映した実践例として,2024年度の生徒Aの活動では,高校生の認知発達段階にあった学び応えのある社会的なテーマとして,本人が強い関心を示したSDGs目標1「貧困をなくそう」を選択した。「包括的なことばの力」の伸長については,生徒がフィリピンと日本の貧困問題について自ら調べ,批判的に考え,議論に参加できるようになることを目標に活動を設計した。「日本語固有の知識・技能」については,貧困問題に関わる語彙や複文構造を駆使して発話を継続できるようになることを目指した9

豊かな言語資源をもつ生徒Aにとって,思考・表現・判断を支える最も強い言語は英語である。英語を自身の強みとして価値づけ,最大限に活用して学べるよう授業をTLデザインするため,本実践では貧困問題に関わる記事や動画資料は日英両言語で準備した。特に,教材の多言語化はDeepLやChatGPTのAI翻訳を戦略的に活用し,英語から日本語へ,日本語から英語・「やさしい日本語」への翻訳を行った。ただし,「やさしい日本語」への翻訳については,ねらいの一つである日本語の複文構造の理解を促すため,単文に機械的に変換された箇所は支援員の目で確認し,原文に戻したり,複雑すぎない複文に変換し直したりして教材作成を行った。

貧困問題についての学習を通し,生徒Aは,「政府は貧困層への現金給付額を上げるべきか」というテーマに関心をもち,課外でアンケートを行った。そこで生徒Aは日英両言語を駆使して38名の回答(賛成派・反対派の意見とその理由)を得たため,授業ではこれらを基に議論を進めていった。調査の最終報告日の授業冒頭,生徒Aは「お金をあげるべきだという人が26人」「あげるべきではないという人が12人」と複文を使って得られた回答を日本語で伝え,特に反対派の意見に関心を示し,調査の手応えを語った。しかし,回答の多くが手書きの日本語であったため,一部曖昧な理解のまま話している様子も窺えた。そのため,生徒が取り上げた反対派の意見(一例:お金をあげる制度はあるはず。それを活用できるかどうかの問題なのではないかと思う)を,支援員がその場で英語にAI翻訳し,曖昧な理解を解消した上で,A自身の意見を促すTLシフトを試みた。すると,生徒Aは英語を活用し,事前学習で読んだホンジュラスでの取組を例示し,賛成派と反対派の意見の共通点を述べ,その後も知的な議論に日英両言語を駆使して前のめりに参加していった。

生成AIの教育現場での利用は,そのリスクと可能性について様々な議論がある。当然,教師側の使用についても,生成物の内容の正確性,信頼性,妥当性を注意深く判断した上で活用していく必要がある。これらを踏まえた上で,AI技術を含むICT活用を検討し,資料の多言語化や同時翻訳・通訳を教育現場に導入することは,言語的マイノリティの生徒の「権利」としての言語実践を力強く支えることにつながると考える。特に,生徒の母語支援者や同じ母語を話す生徒がいない教室環境では,「ことばの壁」により教師がTLシフトを効果的に実践することが困難な場合がある。そういった場面でのAI翻訳の戦略的な活用は,生徒の理解と産出の流れを円滑にし,生徒が複雑な内容にアクセスすることを助ける。こうした取組の積み重ねが,生徒の教室活動への参加を促す「マルチリンガル・エコロジー」(García et al., 2017)の構築にも寄与すると言えるのではないだろうか。

3. まとめと今後の課題

以上のように,コロナ禍の厳しい状況下,一人の生徒の学びをつなぎとめることから始まった町高定の実践では,ICTの活用を通して,関係者間の信頼関係や連携体制が構築され,社会的公正を志向する教育・支援の新たな挑戦へとつながってきた。Cummins(2001)が指摘するように,言語的マイノリティの生徒の教育におけるエンパワメントを実現するためには,生徒を取り巻く多様な立場・専門性・経験をもつ関係者が協働していくことが肝要である。町高定の実践では,それぞれの時期に応じたICT活用が,多様な関係者間の信頼関係の構築を支え,生徒自身,そして協働する教育関係者の変容を促してきた。特に,教育関係者間の信頼関係や同僚性,組織外も含めたネットワークとしての社会関係資本の構築は,教育の質そのものを高めるとされるが(Hargreaves & Fullan,2012),ICTをフル活用して実践に取り組んできた2024年度のTL教育論に基づく実践は,その一例と言えるだろう。このように,ICTを有効活用したTL教育実践は,これまで無自覚に行われがちであった日本語が()()()()という欠陥を埋めるための日本語教育からの脱却を可能にし,生徒の言語実践を総動員することでその「のびしろ」を引き出す,創造的かつ批判的な教育への転換を促すきっかけとなると考えられる。

しかし,日本語中心の今の日本の学校教育の中で,TLデザインに基づく授業を全面的に展開することは容易なことではない。町高定においても,「特別の教育課程」のプロジェクト活動の一部としては実践が可能であったが,教科につながる学習をTLデザインしていくためには,より多くの高校教員との連携が必要である。また,TLデザインに基づく教育実践は,単に教材を多言語化すれば成り立つというものでもないため,ICTの活用方法次第では,公正な指導・評価を保証する教育につながらないこともあるだろう。だからこそ,これまでに築いてきた教育関係者らによる開放的で互恵的な社会関係資本を醸成し,今後もICT活用の教師のスキル向上も含めて互いに学び合いながら,社会的公正を志向するより良い教育・支援の取組をつなぎ続けていくことが重要と言える。

謝辞

2021-2024年度の東京都立町田高等学校定時制課程における外国につながる生徒の学習支援において,ご協力下さったすべての皆様に深く感謝申し上げます。本研究の一部は,JSPS科学研究費(挑戦的研究萌芽)JP20K20842の助成を受けています。

1 本稿では,移民という言葉が日本社会で一般的に浸透していないことをふまえ,教育現場で使われることの多い「外国につながる」という言葉を用いる。これは,本人または親が外国から日本に移住した経験をもつことを指す。
2 本稿の執筆者である角田と川田は,本実践の高大連携共同コーディネーターを担う。角田は,町高定の日本語指導コーディネーター及び該当生徒の担任であり(2021~2023),進路指導主任(2024)の高校教員である。川田は,桜美林大学で日本語教員養成を担当する大学教員であり,日本語指導支援員としても町高定に関わっている。本稿の第2・3節は川田と角田が執筆した。額賀は,町高定の実践を見学させて頂く機会があり,本稿では角田・川田執筆部分へのコメント及び第1節の執筆を行った。
3 日本語指導が必要な高校生の高校中途退学率は,文部科学省(2024)の全国調査によれば,2021年は6.7%,2023年は8.5%であり,全高校生の高校中退率よりおよそ6倍から8倍高く,町高定でも該当生徒の高校中退の防止の取組が求められていた。
4 「特別の教育課程」による日本語指導は,生徒が学校生活や教科学習を進める上で必要となる日本語の指導で,正規の教育課程の一環として行われる在籍学級外での指導をいう。これは,学校教育法施行規則第56条の2等に基づき,小中学校では2014年に,高等学校では2023年に導入された。
5 日本語指導コーディネーターと日本語指導担当教員は,職として位置づけられ,現職の高校教員が担うこととされている(東京都教育委員会,2024)。
6 文部科学省(2024)p. 51を参照されたい。
7 これらのプロジェクト活動は,町高定の2023年度「特別の教育課程」を担当した7名の支援員が分担して企画し,それぞれの人脈や専門性を活かして行った実践である。
8 生徒の言語パフォーマンスを見る視点として,García et al.(2017)は,生徒がもつすべての言語資源を活用することで可能となる「言語総合パフォーマンス」と,特定の言語の特徴を拠り所とする「言語固有パフォーマンス」を区別して捉える必要性を主張している。ここでは,文部科学省(2025)に基づき,前者を「包括的なことばの力」,後者を「日本語固有の知識・技能」として記載する。
9 詳細は文部科学省(2025)pp. 138-141を参照されたい。

[引用文献]

川田麻記(2023)「高大連携サービスラーニングにおける越境学習と高校生・大学生の変容―外国につながる高校生の日本語学習・キャリア支援を通して―」『2023年度日本語教育学会春季大会予稿集』pp. 55-60.
額賀美紗子・金侖貞(2023)「コロナ下の外国につながる高校生に対する教員の認識と実践 ―都立高校を対象にしたアンケートとインタビュー調査から―」『東京大学大学院教育学研究科附属 学校教育高度化・効果検証センター(CASEER)研究紀要』8号,pp. 237-257.
藤倉遥(2016)「外国につながる高校生に対するキャリア支援の試み」『イマ×ココ』4,pp. 44-49.
文部科学省(2025)『文化的言語的に多様な背景を持つ外国人児童生徒等のためのことばの発達と習得のものさし(ことばの力のものさし)実践ガイド』,東京外国語大学多言語多文化センター(編集)「日本語能力評価方法の改善のための調査研究」事業推進委員会
米本和弘・齋藤ひろみ・衛藤景太・田所希衣子・能城黎・川上さくら(2024)「ICTを活用したことばの教育―子どもへの日本語・教科学習支援における実践的展開から―」『子どもの日本語教育研究』第7号,pp. 32-52.
Akinlar, A., Ugurel-Kamisli, M., Yildiz, H. S., Bozkurt, A.(2023). “Bridging the Digital Divide in Migrant Education: Critical Pedagogy and Inclusive Education Approach.” Journal of Qualitative Research in Education, 36, 30-53.
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[参照ウェブサイト]
(最終閲覧日はすべて2025/3/23)

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東京都教育委員会(2024)「日本語指導推進ガイドライン―多文化共生社会に向け,共に学び成長する児童・生徒の育成を目指して―」 URL: https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/school/japanese/learning_japanese/guidance_japanese/guidline
町田市(2025)「住民基本台帳世帯と人口2025年」 URL: https://www.city.machida.tokyo.jp/shisei/toukei/setai/machisetajin/setaitojinnkou_2025.html
町田市教育委員会(2024)「町田市教育プラン24-28」 URL: https://www.city.machida.tokyo.jp/kodomo/kyoiku/keikakutou/keikaku/edu-plan24-28.files/plan24-28.pdf
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文部科学省(2024)「「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(令和5年度)」の結果について」 URL: https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/31/09/1421569_00006.htm
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