移民受け入れと日本経済
―日本経済研究センター長期経済予測を読み解く
日経センター2075年長期経済予測においては経済成長率とともに移民数が同時に予測されており,日本へは今後も年間24万人程度の移民純流入が見込まれている。このために低い技術進歩率の下でもマイナス成長は回避されるが,移民受け入れが停止されれば2030年代後半にも成長率はマイナスとなり,70年代の成長率はマイナス1%台後半まで低下することが懸念される。日本の将来を見据えた場合,移民労働力は経済活動を維持し,成長させるためにも不可欠の存在である。
1. はじめに
公益社団法人日本経済研究センター(以下,「日経センター」)は1967年に初回の長期経済予測を公表以降,おおむね5年おきに長期経済予測を公表している。2025年6月には今後50年を見据えた「2075年 次世代AIでよみがえる日本経済」[1]を公表した(6月に最終報告速報,7月に最終報告書を公表)。本予測においては現在急速に利用が進む生成AI(Generative AI)のみならず,人間と同等の能力を有する次世代AIである汎用AI(Artificial General Intelligence, AGI)の普及が生産性を大きく向上させ,特にロボット技術と結び付くことにより,日本,米国及び中国などは大きく成長率を向上させる姿を描いている。
同時に,本予測では実質GDP成長率(以下,GDPは全て実質値)と同時に移民の純流入/純流出及び合計特殊出生率(以下,「出生率」)を各国別に予測している。通例,マクロ経済予測においては,人口動態は外生化される傾向にあるが,先行研究を踏まえた計量分析において,これら人口動態の変数とGDPの間には統計的に有意な関係がみられたことから,内生化は妥当なモデル構築であると考えられる。
以下,第2章では今回の長期経済予測に用いたマクロ経済モデルの特徴及び移民の予測方法について概観する。第3章ではその結果を概観するとともに,移民受け入れ停止の影響を予測する。
2. 日経センターマクロ経済モデルの構造と移民の予測方法
1)予測モデルの構造
今般の長期予測に用いたマクロ経済モデルの構造は図1のとおりである。世界83カ国・地域を対象とし,生産関数を用いて供給側からGDPを予測している。この生産関数では,労働投入量と資本ストックという2つの生産要素があり,さらに生産性(全要素生産性(Total Factor Productivity, TFP))の上昇率を考慮する。TFP上昇率については生成AI及びAGIの効果を定量的に考慮するとともに,人的資本の蓄積及びアメリカへの技術のキャッチアップ効果も考慮した。
本稿では移民の動向に焦点を当てるため,以下では労働投入量の説明に焦点を当て,設備投資(資本)及びTFP上昇率の説明は割愛する。詳細は[1]を参照されたい。
2)労働投入量及び移民の予測方法
労働投入量については,働く人の数と時間を考慮する。前者は労働力人口であり,各国の人口規模と労働参加率で決まる。人口規模は,別途内生的に予測する移民の純流入/純流出及び出生率などから定まる。労働参加率は外生変数とし,各国の直近の実績値で一定とした。また,週平均労働時間は,生成AIの普及に伴う生産性向上などを受けて世界全体で各国ともに35時間まで減少すると想定している。
本予測に用いた経済モデルは,貿易ではなく移民の動向が国・地域の間を繋いでいる点が特徴である。移民は,予測対象83カ国・地域の間の全経路で考慮し,その各経路において,送り出し側と受け入れ側双方の所得水準(一人当たりGDP)等の変数から水準が定まる。具体的には以下の推計式に基づき定められる。
Migro,d,t=β0 ln yd,t+β1 ln yo,t+β2(ln yo,t)2+β3 ln No,t+β4lndisto,d+β5dumborder+β6dumlang+β7dumcol+Time Effects+Destination Area Effects
式の左辺のMigro,d,tは時点tにおけるo国(送り出し国)からd国(受け入れ国)への出国者数である。右辺では,時点tにおける受け入れ国の所得水準(ln yd,t)と同時点の送り出し国の所得水準(ln yo,t)をいずれも対数値で考慮した。後者については,資金的制約から移民としての国外への移動が選択されない可能性を考慮して二乗項も採択した。この可能性はIMFの分析[2]でも図2のとおり送り出し国の一人当たり所得と出国者数との間の上に凸な非線形性として指摘されている。同様に,[2]に従って時点tにおける送り出し国の人口規模の対数値(lnNo,t),送り出し国と受け入れ国の距離の対数値(lndisto,d)を説明変数とした。さらに,両国間の国境隣接ダミー(dumborder),共通言語ダミー(dumlang),及び旧宗主国・植民地関係ダミー(dumcol)を加えた。最後に,年固定効果と受け入れエリアダミーを考慮した。
(資料)IMF(2020), UN “International Migration Stock,” IMF “World Economic Outlook(October, 2024),” 各種統計より日本経済研究センター試算
推計結果は表1のとおりいずれの変数も1%水準で有意となる。すなわち,受け入れ国が豊かになれば移民の受け入れ数は増えるが,送り出し国が豊かになることも移民を送り出すための資金的な制約が緩和する,すなわち事前準備の費用や渡航費,渡航先での生活費等が確保できることから移民の送り出し数を増やすこととなる。ただし,豊かになるにつれて海外での出稼ぎのメリットが小さくなり自国での就業を選ぶこととなる。その他,送り出し国の人口規模が大きければ,受け入れ国と送り出し国の距離が近ければ,国境を接していれば,言語が共通であれば,旧植民地・宗主国の関係にあれば移民が増えるとの結果が得られた。
出生率については所得水準と逆相関となるが,その程度は所得水準が高くなるにつれて弱まり,図1に示した4つの社会変数(週平均労働時間,政府の教育支出,政府の質,平均教育年数)が改善すれば出生率は上昇するとの関係性を用いて予測している。詳細は[1]を参照されたい。
3. 予測結果と移民受け入れ停止のインパクト
1)移民と人口の予測結果
[1]においては,生成AIは普及するものの,世界経済の環境や政策に変更がない「標準シナリオ」に加え,AGIが普及するとともに日本はその効果を活かす人的資本拡大と産業変革を実施する「改革シナリオ」の2種類の結果を示している。本稿では移民動向に焦点を当てるためにAGIの効果については考慮しない標準シナリオの内容を紹介する。
2075 年時点でも米国は100万人規模の世界最大の移民純流入国であり(図3左),圧倒的な経済的プレゼンスが続く限り移民流入は今後も持続する見通しである。日本は純流入数が年間約24万人と世界5 位の移民受け入れ国となり,英国やドイツなど欧州主要国でも高水準の移民純流入が見込まれる1。
(資料)CBO,国連,総務省,国立社会保障・人口問題研究所より日本経済研究センター試算
一方,パキスタンやバングラデシュなど一人当たりGDPの小さい国からは豊かな国への人口流出が続く。中国もGDP規模こそ大きいものの一人当たりGDPは欧米主要国や日本などと比べて相対的に小さいことから年間約50万人の純流出が見込まれ(図3右),2075年までの累計流出はおよそ2,500万人に達すると予測される。なお,中国においては出生率が2075年には0.8程度まで低下することから移民の母数となる人口規模が急速に縮小するが,それでもなお一定規模の純流出が継続することとなる。
出生率は世界各国とも緩やかな低下傾向が続き,2075年には世界平均で1.7まで低下する。2075年時点で人口置換水準を上回る出生率を維持できるのは,コンゴ民主共和国やスーダンなどアフリカの一部地域のみであり(83 カ国・地域中 11カ国),その他の国々は出生面から人口減少圧力に直面する。日本の出生率は2075年には約1.1まで低下するが,年間約24万人の移民純流入が人口減少圧力の一部を相殺すると見込まれる(図4)。その結果,2060年代に人口は1億人を下回るものの,2075年時点では約9,700万人にとどまる(表2)。
(資料)総務省,国立社会保障・人口問題研究所,国連より日本経済研究センター試算
2)GDPの予測結果と移民受け入れ停止のインパクト
生成 AI の本格的な普及と高水準の移民純流入が続くとの前提に立つ標準シナリオでは,日本経済は長期にわたり GDP のマイナス成長を回避できる見通しである(図5左)。生成AIによる生産性引上げ効果を除いたベースラインのTFP上昇率は05~18年の平均と同じ0.5%程度と仮定している。このように低い技術進歩率の下でもなお成長率がプラスを維持できる最大の要因は,労働力を補う移民の持続的な流入である。人口の増加は技術の向上と合わせて設備投資も誘発する。もし日本が移民に「選ばれない国」となり受け入れ規模が縮小すれば,労働投入量が減少するだけでなく設備投資も低迷し,経済には大きなマイナス圧力がかかる。仮に移民受け入れが停止される場合,人口減に伴う労働投入の減少等から,2030年代後半にも成長率はマイナスとなり,70年代の成長率はマイナス1%台後半まで低下することが懸念される(図5右)。
(注)IMF,国連,Penn World Table,ILO,各国統計より日本経済研究センター試算
4. さいごに
標準シナリオの下での日本のGDPランキングは,2024年の世界4位から2075年には11位にまで低下する。インドネシア,メキシコ及びブラジルといった人口大国の順位が上昇する。一人当たりGDPは29位から45位まで低下し,中所得国並みまで低下する。移民受け入れを制限すれば更に順位は低下することが懸念される。
言語も生活習慣も異なる外国人を社会に受け入れることへの抵抗感は多くの人が持つものであるが,日本の将来を見据えた場合,移民労働力は経済活動を維持し,成長させるためにも不可欠の存在である。今回の日経センターの予測は移民受け入れに伴う社会的な費用については考慮していないが,受け入れの便益は供給面から考えれば十分にあるものと考えられる。



