講演録 1 「少子化時代における子育て支援の意義」
准教授 柴田 悠 氏
日本で少ない教育として、父親育児と1~2歳保育をどうすべきか?
次は教育の話に移ります。他の先進諸国と比べて、日本で少ない教育は、先ほども申し上げましたように、父親による育児と、3歳未満での保育です。父親育児と保育が少ない共通の背景は何かというと、父親の長時間労働です。他の先進諸国と比べて、日本では男性の長時間労働が多く、父親の育児時間が短い。夫が長時間労働をしているため、子どもが生まれたら妻が仕事を辞めて育児を一人で担わざるをえず、そのため、妻は職場復帰をしづらくなり、「夫は仕事、妻は育児」という役割分担が固定化され、夫の育児時間が増えない。妻が職場復帰しないので、保育を使えず、そのため3歳になるまでは母親と子どもだけの密室育児が続くわけです。
OECD加盟諸国(先進諸国)のデータを見ると、0~2歳での保育利用率は、日本はOECD平均より低いことがわかります。ちなみに、3歳以上の保育・幼児教育利用率になると、日本はOECD平均以上で、ほとんどの子どもが保育・幼児教育を受けています。しかし0~2歳は、家庭のみの育児にかなり偏っているといえます。なお、0歳のときはどの国でも家庭だけで親が育児をすることが非常に多いです。たとえば保育が進んでいるスウェーデンでも、保育園に通園できるのは1歳からです。1歳になるまでは基本的に父親も母親も育休を取って家庭でしっかりと子どもの面倒をみます。おそらくヨーロッパ全体的にそのような傾向があると思います。やはり1歳半くらいまでは両親との愛着形成がとても大事と言われていますので、1歳までは家庭育児を重視し、1歳からは徐々に家庭以外からの教育的な刺激を取り入れていくのでしょう。
それに対して日本では、すでに0歳から父親の育休取得率は低く、父親の育児時間が短い。父親との愛着形成が乏しいわけです。また夫からのサポートが乏しいので、母親の育児ストレスもたまりやすい。そして1~2歳では、保育利用率が先進諸国平均に比べて低い。ますます母親の育児ストレスがたまりやすく、子どもも家庭以外からの教育的刺激を受けにくい状況です。

では父親育児や1~2歳の保育は、子どもの長期的な発達にどのような影響を与えるのでしょうか。これまで国内外で行われてきた先行研究を見ますと、そもそも0歳からの追跡データが大規模に取られ始めたのは主に90年代からです。アメリカでは少し早く80年代から取られています。日本ではやや遅く、2001年から厚生労働省が全国規模で0歳からの追跡データを取り始めました(21世紀出生児縦断調査)。
そういう事情から、大規模追跡データに基づいた研究結果は、とりわけ育児や保育の長期的な効果についてのものは、まだ少ない状況です。その数少ない研究結果によると、父親による育児は、母親による育児とともに、子どもの長期的な発達に良い影響をもたらす可能性が強く示唆されています。また、1~2歳の保育の長期的な影響は、そもそも保育の質が国にとってさまざまであるため、影響も良し悪しもさまざまで、少なくとも日本での1~2歳保育の長期的な影響はまだ分かっていません(なお短期的に良い影響があることはすでに分かっています)。
私自身も現在、厚労省の「21世紀出生児縦断調査」のデータ(0歳から15歳までの追跡データ)を使って分析しているところです。今のところの暫定的な分析結果によると、子どもが0~5歳の時期に母親の育児ストレスが高いと、その後の子どもの社会生活(ここでは小学校や中学校での生活)にいろいろな困難(友人関係で悩む、学校に行きたがらないなど)が生じやすい、という傾向が見られます。そして、子どもが0~5歳の時期に父親の育児頻度が高いと、母親の育児ストレスが低いという傾向も見られます。そして、1~2歳で保育を利用していると、5歳までの父親の育児頻度が高いという傾向も見られます。
まだ分析は進めている最中ですので、はっきりしたことはまだ言えないのですが、こういった傾向から考えると、子どもが1~2歳の時期に保育を利用して母親が職場復帰して「共働き」になると、「父親は仕事、母親は育児」という役割分担が成り立ちにくくなるので(母親も仕事をしていますから)、保育を利用しない専業主婦家庭と比べると、父親の育児参加が進む可能性があるかもしれません。また、父親の育児参加が進むと、母親の育児ストレスが減って、それによってその分、子どもの将来の社会生活が良好になる、という可能性もあるかもしれません。これらについては、今後さらなる検証が必要です。